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【ポンプの教科書】渦巻・インラインポンプの違いと揚程計算の全知識

 

この記事のポイント
設備工事の心臓部であるポンプ。本記事では、最も基本的な「渦巻ポンプ」と「インラインポンプ」の構造的な違いから、ポンプ選定の鍵を握る「揚程」計算の3つの要素(実揚程、配管摩擦損失、機器抵抗)まで、現場で本当に役立つ知識をベテランの視点から徹底的に解説します。

はじめまして。大手ゼネコンで20年以上、大規模な建築設備の設計・施工管理に携わってきました。現場では、空調・衛生設備の「循環器」として無数のポンプと向き合ってきましたが、このポンプの選定一つで、システム全体の性能が天と地ほど変わることを何度も見てきました。

特に若手の施工管理者の方から、「設計図のポンプ仕様の根拠がよく分からない」という声をよく聞きます。この記事では、そんな疑問に答えるべく、ポンプ選定の基本中の基本を、できるだけ専門用語を噛み砕いて解説していきます。最後まで読めば、ポンプの仕様書がただの数字の羅列ではなく、意味のある情報として読み解けるようになるはずです。

まずはここから!設備工事の主役、2大ポンプを知る

設備工事で使われるポンプには多くの種類がありますが、その中でも圧倒的に主役となるのが「渦巻ポンプ」と「インラインポンプ」です。まずはこの二つの違いをしっかり理解することが、ポンプ知識の第一歩です。


【基本の「き」】片吸込渦巻ポンプ (End-suction Volute Pump)

  • 構造: 渦を巻いたようなケーシング(外殻)の中心から水を吸い込み、内部の羽根車(インペラ)が高速回転することで遠心力を与え、外周部から力強く吐出します。カタツムリのような形をイメージすると分かりやすいでしょう。
  • 特徴: 構造がシンプルで非常に堅牢。信頼性が高く、古くから多くの現場で使われ続けています。比較的大容量・高揚程にも対応できるため、建物のメインポンプとして活躍します。
  • 設置: モーターとポンプ本体を共通の架台に載せ、それをコンクリート基礎の上にしっかりと固定する必要があります。そのため、ある程度の設置スペースが求められます。
  • 主な用途: 空調の冷温水・冷却水の循環、給水、消火ポンプなど、パワフルな力が求められる重要な系統で幅広く採用されています。

【省スペースの雄】ラインポンプ(インラインポンプ)

  • 構造: 名前の通り、吸込口と吐出口が一直線(インライン)上にあり、配管の途中に挟み込む形で設置できるのが最大の特徴です。
  • 特徴: なんといっても省スペース性が魅力です。渦巻ポンプのような大掛かりなコンクリート基礎が不要なため、設置面積を大幅に削減できます。施工も配管に繋ぎ込むだけなので、比較的容易です。
  • デメリット: 一般的に渦巻ポンプほどの高揚程・大容量には向きません。また、モーター直結型が多いため、運転時の振動や騒音が配管に伝わりやすいという側面も持っています。
  • 主な用途: 小〜中規模の冷温水循環、給湯循環、各種装置への組込み用など、メイン系統よりはサブ系統での活躍が多いポンプです。

ポンプ選定の心臓部!「揚程」とは何か?

ポンプを選定する際に最も重要な仕様が「流量(Q)」と「揚程(H)」です。流量が「どれくらいの量を送るか」であるのに対し、揚程は「どれくらいの力で送るか」を示す指標です。

この揚程、単位が m(メートル)で表されるため、「水を何メートル持ち上げられるか」という「高さ」のイメージを持つ方が多いと思います。それは間違いではないのですが、本質は少し違います。揚程とは、ポンプが液体に与えることができるエネルギーの大きさを、水の高さ(水頭:すいとう)に換算したものなのです。

揚程の本質 = ポンプが液体に与えるエネルギー(圧力)の大きさ

そして、システム全体で必要となる揚程(全揚程)は、以下の3つの要素を全て足し合わせて計算されます。この足し算を間違うと、水が流れなかったり、逆にエネルギーを無駄にしたりするのです。

全揚程 (m) = ①実揚程 + ②配管摩擦損失 + ③機器抵抗

【揚程計算の内訳①】実揚程 - 見たままの「高さ」

これは最も直感的に理解しやすい要素です。単純に、ポンプが水を吸い込む面の高さと、最終的に送り届けたい場所の高さの垂直的な高低差を指します。

例えば、地下1階の受水槽から、屋上の高置水槽まで水を汲み上げる場合、その高低差がそのまま実揚程になります。

しかし、ここで重要な注意点があります。空調の冷温水循環のように、配管が行って戻ってくる閉回路(ループしている配管)の場合、行き(往路)で押し上げた高さは、帰り(還路)で戻ってくる水に押される形で相殺されます。そのため、閉回路システムの「実揚程」はゼロ(0m)として考えます。これは現場でよくある誤解なので、しっかり覚えておきましょう。

【揚程計算の内訳②】配管摩擦損失 - 見えない「抵抗勢力

水が配管の中を流れるとき、ツルツルに見える配管の内壁とも摩擦を起こし、少しずつエネルギーを失っていきます。この失われたエネルギーを、揚程(水の高さ)に換算したものが「配管摩擦損失」です。これは目に見えない、システム内の最大の抵抗勢力です。

摩擦損失を増やす4つの要因

  • 配管の長さ: 長ければ長いほど、摩擦する距離が増えるため損失は大きくなります。
  • 配管の内径: 細ければ細いほど、水の通り道が狭くなり、壁との摩擦の影響が大きくなります。
  • 配管の粗さ: 新品の配管より、錆びや汚れが付着した古い配管の方が、表面がザラザラしているため損失は大きくなります。
  • 流速: 水の流れが速ければ速いほど、摩擦によるエネルギー損失は急激に増加します。

施工管理者が現場で見るべきポイント

設計者は、これらの要素を計算して適切な配管径を選んでいます。施工管理者としては、設計図通りの配管径や材質が使用されているかを確認することが極めて重要です。現場の都合で勝手に細い配管に変更したりすると、摩擦損失が想定以上に増大し、ポンプの能力不足を招く原因となります。

【揚程計算の内訳③】機器抵抗 - 設備たちの「通行料」

配管ルートの途中には、バルブ、エルボやチーズといった継手、そして熱交換器(エアハンドリングユニットやファンコイルユニットのコイル)など、様々な機器が設置されています。水がこれらの機器を通過する際にも、内部の複雑な流路によって抵抗を受け、エネルギーを失います。これが「機器抵抗」です。

各機器がどれくらいの抵抗を持っているかは、メーカーが製品ごとに「圧力損失曲線」や「Cv値」といった形で公表しています。設計者は、システム内に存在する全ての機器の抵抗値を一つ一つ拾い出し、積み上げて計算しているのです。

施工管理の視点では、設計になかったフィルターを後から追加したり、仕様の異なるバルブに変更したりする際は注意が必要です。小さな変更でも、システム全体の抵抗を大きく変えてしまう可能性があることを忘れてはいけません。

まとめ

いかがでしたでしょうか。ポンプの選定は、単に「水を上に持ち上げる」という単純な話ではなく、システム全体の「抵抗勢力」に打ち勝つためのエネルギーを正確に見積もる、非常に緻密な作業であることがお分かりいただけたかと思います。

  • ポンプの種類: 用途や設置場所に応じて、堅牢な「渦巻ポンプ」と省スペースな「インラインポンプ」を使い分ける。
  • 揚程の3要素: 全揚程は「①実揚程(高低差)」、「②配管摩擦損失(配管内の抵抗)」、「③機器抵抗(バルブ等の抵抗)」の合計である。
  • 施工管理の役割: ポンプの仕様を理解し、現場の施工が設計図書の意図通りに行われているか(特に配管径や機器の仕様)を確認することが、システムの性能を最大限に引き出す鍵となる。

ポンプと揚程の基本を理解することは、設備の品質を管理する上で強力な武器になります。ぜひ、現場でポンプの仕様書を見る際に、この記事の内容を思い出してみてください。