この記事のポイント
ビルの空調コストと快適性を左右する「冷凍機」。この記事では、設備計画に20年以上携わってきたプロの視点から、代表的な3つの冷凍機(ターボ・吸収式・スクリュー)の特性、コスト、そして日々の管理方法まで、現場で本当に役立つ知識を徹底解説します。最適な一台を選ぶための確かな知識が身につきます。

「うちのビルの空調コスト、もう少し何とかならないか…」「次の更新、どの冷凍機を選べばいいんだ?」
建物の設備担当者様、オーナー様であれば、一度はこうお考えになったことがあるのではないでしょうか。中央熱源方式の空調システムにおいて、冷水を作り出す「冷凍機」は、まさにシステムの心臓部。その選定と運用が、年間の光熱費や建物の快適性を大きく左右します。
しかし、冷凍機には様々な種類があり、カタログスペックだけでは見えてこない特性が存在するのも事実です。この記事では、私が長年の経験で見てきた知見を元に、代表的な「ターボ冷凍機」「吸収式冷凍機」「スクリュー冷凍機」の3つの違いと、それぞれのポテンシャルを最大限に引き出すための管理ポイントを、分かりやすく解説していきます。
【一目でわかる】3大冷凍機 性能・コスト比較
まずは、それぞれの冷凍機がどのような特性を持つのか、全体像を掴んでみましょう。
| 項目 | ターボ冷凍機 | 吸収式冷凍機 | スクリュー冷凍機 |
|---|---|---|---|
| 得意な負荷 | 高負荷・大容量 | 安定した負荷 | 中~高負荷(負荷変動に強い) |
| 主なエネルギー源 | 電気 | 熱(ガス、蒸気、温水) | 電気 |
| エネルギー効率(COP) | ◎ 非常に高い | △ (熱源の効率による) | 〇 高い |
| 部分負荷特性 | △ (インバータで改善) | 〇 比較的良い | ◎ 非常に良い |
| サイズ・重量 | コンパクト | 大きい・重い | 中程度 |
| 騒音・振動 | 高周波音 | ◎ 静か | 中程度 |
| 重要な管理項目 | サージング対策 | 真空度・吸収液の管理 | 潤滑油の管理 |
このように、それぞれに得意・不得意があります。重要なのは、ご自身の建物の規模、使い方、そしてエネルギー事情に最も適したものを選ぶことです。それでは、一つずつ詳しく見ていきましょう。
1. ターボ冷凍機 - 大規模施設のエース
ターボ冷凍機は、遠心式の圧縮機を使い、電気の力で効率よく冷水を作り出すタイプです。大規模なオフィスビルや商業施設、工場、地域冷暖房など、大きな冷却能力が求められる場所で主役として活躍しています。
仕組みとメリット
心臓部であるターボ圧縮機をモーターで高速回転させ、その遠心力でガス冷媒を強力に圧縮します。高効率(高COP)が最大の魅力で、特に暑い夏の昼間など、フルパワーで稼働する際にその真価を発揮します。また、同じ能力の他の冷凍機に比べて設置面積が小さい「省スペース性」も、都市部のビルなどでは大きなメリットと言えるでしょう。
デメリットと注意点
一方で、弱点もあります。それは、低負荷時の効率低下です。定格能力の50%以下のような、あまり冷房を必要としない時間帯の運転は苦手で、効率が大きく落ちてしまいます。また、「サージング」という、低負荷時に圧縮機内で冷媒が逆流してしまう現象のリスクも抱えています。これは機器に大きなダメージを与える可能性があるため、運転管理には注意が必要です。
【プロの視点】ターボ冷凍機の管理ポイント
- インバータ制御の活用: 近年の機種はインバータ制御で低負荷時の効率低下を大幅に改善しています。季節や時間帯に合わせたきめ細かな運転設定が省エネの鍵です。
- サージング防止制御の点検: サージングを未然に防ぐ制御機能が正常に作動しているか、定期的な点検が不可欠です。異常な振動や音がないか、日頃から確認しましょう。
- 熱交換器の洗浄: 内部の配管に汚れが付着すると熱交換率が下がり、著しく効率が低下します。定期的な洗浄計画を立て、性能を維持することが重要です。
2. 吸収式冷凍機 - 排熱利用の達人
吸収式冷凍機は、電気ではなくガスや蒸気、温水といった「熱エネルギー」を主な動力源とするユニークな冷凍機です。電力消費量が極めて少ないため、夏の電力需要ピークカットに大きく貢献します。
仕組みとメリット
この冷凍機は「水」を冷媒として使います。「水が蒸発するときに周りの熱を奪う」という気化熱の原理を利用している点は他と同じですが、圧縮機を使いません。代わりに「臭化リチウム」という吸収液が蒸発した水蒸気を吸収し、それを熱エネルギーで再生させることでサイクルを回します。工場排熱やコージェネレーションシステムと組み合わせることで、エネルギーの有効活用が可能になります。また、大きな回転機器が少ないため、運転音が非常に静かなのも特徴です。病院やホテルなど、静粛性が求められる施設にも適しています。
デメリットと注意点
エネルギー効率(COP)自体は、ターボ冷凍機に劣る場合があります。また、構造上、同じ能力のターボ冷凍機に比べて大型で重くなる傾向があります。そして、最も重要な管理ポイントが「真空管理」です。装置の性能を維持するためには、内部を常に高い真空状態に保つ必要があります。
【プロの視点】吸収式冷凍機の管理ポイント
- 真空度の定期チェック: 性能の生命線である真空度が保たれているか、圧力計で日々確認することが基本です。真空度の低下は、空気の侵入を示唆しており、性能低下や内部腐食の原因となります。
- 抽気作業の実施: 内部に溜まった非凝縮ガス(主に空気)を排出する「抽気」という作業が定期的に必要です。これを怠ると、冷却能力がみるみるうちに低下します。
- 吸収液の濃度管理: 吸収液の濃度は性能に直結します。定期的なサンプル分析を行い、適切な濃度に保たれているかを確認することが望ましいです。
3. スクリュー冷凍機 - 安定運転の優等生
スクリュー冷凍機は、オスとメス一対のスクリューローターが噛み合いながら回転し、その歯の間に冷媒ガスを閉じ込めて圧縮する方式です。中規模のビルや工場、商業施設などで幅広く採用されています。
仕組みとメリット
ターボ冷凍機と吸収式冷凍機の「良いとこ取り」と表現されることもある、バランスの取れた冷凍機です。最大の強みは、部分負荷時の効率が良いこと。稼働率が変動しやすい施設でも、年間を通じて安定した省エネ性能を維持できます。また、ターボ冷凍機のようなサージングの心配がなく、運転が非常に安定している点も高く評価されています。スライドバルブ等によるスムーズな容量制御も得意です。
デメリットと注意点
定格負荷、つまりフルパワーで運転した際の最大効率では、一般的にターボ冷凍機に軍配が上がります。また、スクリューローターという精密な機械部品が摺動するため、潤滑油の管理が非常に重要となり、定期的なオーバーホールも必要になってきます。
【プロの視点】スクリュー冷凍機の管理ポイント
- 潤滑油の三点管理: 圧縮機の潤滑油について、「油量」「油圧」「汚れ(色や異物)」の三点を日常的にチェックすることが、トラブルを未然に防ぐ上で極めて重要です。
- オイルフィルターの定期交換: 油の汚れを取り除くオイルフィルターは、定期的に交換が必要です。交換を怠ると、圧縮機内部の摩耗を促進させてしまいます。
- 異音・振動のチェック: 普段と違う音や振動は、内部のベアリングやローターの異常のサインである可能性があります。日々の巡回時に五感を働かせることが大切です。
【失敗しない】冷凍機の選び方 3つの重要ポイント
では、具体的にどの冷凍機を選べば良いのでしょうか。私が設備計画を行う際に、必ず確認する3つのポイントをご紹介します。
Point 1: 建物の規模と「負荷パターン」を正確に把握する
建物の延床面積や用途から必要な冷却能力を算出するのは基本ですが、それだけでは不十分です。「一年を通じて、どのような負荷変動があるか」を把握することが重要です。例えば、24時間安定して稼働するデータセンターなのか、昼間に負荷が集中するオフィスビルなのか、季節や時間帯で大きく変動するホテルなのか。この負荷パターンによって、部分負荷に強いスクリュー冷凍機が有利になるか、高負荷で真価を発揮するターボ冷凍機が適しているかが決まります。
Point 2: 利用可能なエネルギー源とランニングコストを比較する
電気を主動力とするターボやスクリューに対し、吸収式はガスや蒸気など熱源の選択肢が広がります。もし、工場排熱やコージェネレーションの導入計画があるならば、吸収式冷凍機は非常に有力な候補となります。単に機器の効率(COP)だけでなく、自社で利用できる最も安価なエネルギーは何かという視点で、電気料金やガス料金の単価を含めた年間のランニングコストをシミュレーションすることが不可欠です。
Point 3: 長期的な視点(メンテナンス・将来性)を持つ
冷凍機は15年、20年と長く使っていく設備です。初期投資(イニシャルコスト)だけでなく、定期的なメンテナンス費用や、将来の部品供給なども含めたライフサイクルコスト(LCC)で評価しなくてはなりません。また、将来のフロン規制の動向や、より環境負荷の低い冷媒への移行のしやすさなど、サステナビリティの観点も、現代の設備投資においては重要な判断基準となります。
まとめ:最適な選択が、未来の価値を創造する
冷凍機の世界は奥が深く、それぞれに素晴らしい技術が詰まっています。重要なのは、カタログスペックの数字だけに惑わされず、その機器の「個性」を深く理解することです。
- ターボ冷凍機: 大容量・高負荷で最高の効率を求めるなら。
- 吸収式冷凍機: 排熱利用や電力ピークカットが最優先課題なら。
- スクリュー冷凍機: 負荷変動が大きく、年間を通じた安定運用を重視するなら。
この記事が、皆様の建物の特性に合わせた最適な冷凍機を選定し、省エネとコスト削減、そして快適な環境づくりを実現するための一助となれば幸いです。冷凍機の選定は、単なる機器の入れ替えではありません。建物の価値を未来へ繋ぐ、重要な経営判断なのです。