物価高騰の影響で、建設業界ではコスト増加と倒産リスクが深刻化しています。本記事では、ゼネコン監督経験者が、物価高騰の原因と現状を解説し、発注者との協議方法やコスト削減策、今後の業界展望を紹介します。
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はじめに:
建設業界を取り巻く環境は厳しく、物価高騰の影響は深刻です。資材価格や人件費の高騰により、多くの建設会社が利益を圧迫され、中には倒産に追い込まれる企業も出ています。
国土交通省の「建設工事費デフレーター」によると、2023年第1四半期の建設工事費は、前年同期比で約5.5%上昇しています。特に、鉄鋼や木材などの資材価格の上昇幅が大きく、建設会社の経営を圧迫しています。鉄筋コンクリートに使われる鉄筋は、2020年と比較して約2倍に、木材も種類によっては2倍以上の価格になっているという報告もあります。
また、帝国データバンクの調査によると、2023年上半期の建設業の倒産件数は、前年同期比で10%増加しています。物価高騰が倒産の一因となっていることは明らかです。2022年度の建設業の倒産件数は792件と、3年ぶりに増加に転じており、今後もこの傾向は続くものと予想されています。
特に、中小建設会社は価格交渉力が弱く、コスト上昇分を発注者に転嫁することが難しい状況です。大規模な建設会社と比較して、資金力や人員が少ない中小企業は、物価高騰の影響を受けやすく、経営状況が悪化しやすい傾向にあります。このままでは、業界全体の衰退につながりかねません。
本記事では、ゼネコンで監督経験を持つ筆者が、物価高騰の現状と原因を分析し、建設会社が生き残るための具体的な対策を紹介します。
1. 物価高騰の現状と原因
建設業界における物価高騰は、さまざまな要因が複雑に絡み合って発生しています。主な要因としては、以下のようなものが挙げられます。
- 世界情勢の影響: ロシアのウクライナ侵攻は、世界的なエネルギー価格や資源価格の高騰を引き起こしました。原油価格の高騰は、燃料費やアスファルトなどの石油製品の価格上昇につながっています。また、ウクライナは鉄鋼の主要な輸出国であるため、鉄鋼価格の高騰にも影響を与えています。
- 円安: 2022年以降、円安が急速に進んでいます。円安は、輸入資材の価格をさらに押し上げる要因となっています。木材や鉄鋼など、多くの建設資材は海外からの輸入に頼っているため、円安の影響を大きく受けています。
- 人手不足: 建設業界では、長年の少子高齢化の影響で慢性的な人手不足が続いています。人手不足は、人件費の上昇だけでなく、工事の遅延や品質低下にもつながっています。若年層の建設業離れも深刻化しており、熟練技能者の高齢化が進んでいます。
- 需要と供給のバランス: コロナ禍からの経済回復に伴い、建設需要が増加しています。一方で、資材の供給は人手不足や物流の混乱などの影響で不足気味であり、価格上昇に拍車をかけています。特に、木材は世界的な需要増加により、価格が高騰しています。
これらの要因に加えて、サプライチェーンの混乱や物流コストの上昇なども、物価高騰に影響を与えています。世界的なコンテナ不足や港湾の混雑により、物流コストが上昇し、建設資材の調達にも遅れが生じています。
2. コスト上昇分を発注者に反映できない理由
建設工事の契約形態には、大きく分けて「請負契約」と「委任契約」の2種類があります。請負契約は、完成義務を負う契約であり、完成した建物の引渡しをもって仕事の完了となります。一方、委任契約は、仕事の完成を目的としない契約であり、設計や監理業務などが該当します。
建設工事の多くは請負契約で締結されます。請負契約では、原則として当初の契約金額が変更されることはありません。そのため、着工後に物価が上昇した場合でも、その分の費用を請求することは難しいのが現状です。
ただし、以下の場合には、契約金額の変更が認められる場合があります。
- 契約書に物価変動条項が盛り込まれている場合: 物価変動条項とは、物価が一定以上変動した場合に、契約金額を見直すことができるという条項です。公共工事では、工事請負契約約款に物価変動条項が盛り込まれているため、一定の要件を満たせば契約金額の変更が可能です。
- 予期せぬ事態が発生した場合: 例えば、東日本大震災のような大規模な自然災害が発生した場合や、予期せぬ地盤の悪化などが判明した場合には、契約金額の変更が認められる場合があります。
しかし、民間工事では物価変動条項が盛り込まれていないケースが多く、予期せぬ事態が発生した場合でも、契約金額の変更交渉は容易ではありません。発注者側は、予算の都合や、他の工事への影響などを考慮して、契約金額の変更に難色を示すケースが多いからです。
3. 倒産リスクを回避するための対策
物価高騰の影響を受けにくい強い企業体質を作るためには、以下の対策を検討する必要があります。
- コスト削減: コスト削減は、企業にとって常に重要な課題です。しかし、物価高騰が続く状況下では、これまで以上に徹底したコスト削減が必要となります。
- 資材調達の効率化: 複数の業者から見積もりを取り、価格交渉を行う。
- 工事の効率化: 工程管理を徹底し、無駄な作業を省く。ICT技術を活用し、生産性を向上させる。
- 間接費の削減: 事務部門のコスト削減、光熱費などの削減。
- 価格交渉: 発注者との価格交渉は、決して容易ではありません。しかし、コスト上昇分を吸収するためには、価格交渉に挑戦する必要があります。
- コスト上昇の根拠となるデータを示し、発注者に理解を求める。
- 交渉前に、社内で交渉戦略をしっかりと練る。
- 相互理解を深め、Win-Winの関係を築くことを目指す。
- 契約の見直し: 今後の契約では、物価変動リスクを考慮した契約内容にする必要があります。
- 物価変動条項を盛り込む。
- リスク分担について明確に定める。
- 契約内容について、専門家(弁護士など)に相談する。
4. 発注者との交渉術
発注者との価格交渉は、建設会社の存続をかけた重要な交渉です。交渉を成功させるためには、以下のポイントを押さえる必要があります。
- 事前の準備: 交渉の前に、しっかりと準備を行うことが重要です。
- コスト上昇の根拠となるデータを集める。
- 交渉相手の状況や立場を把握する。
- 交渉の目的を明確にする。
- 譲歩できる範囲と譲れない範囲を決めておく。
- 交渉の場: 交渉の場では、以下の点に注意しましょう。
- 誠実な態度で交渉に臨む。
- 相手の意見を尊重し、傾聴する姿勢を示す。
- 感情的な言動は避け、冷静に議論を進める。
- 論理的な説明と具体的な根拠を示す。
- コスト上昇分を転嫁することのメリットを強調する。
- 合意形成: 交渉がまとまったら、合意内容を文書化しておくことが重要です。
- 契約書に合意内容を反映させる。
- 双方が納得できる内容にする。
- 今後の良好な関係構築につなげる。
5. 今後の建設業界の展望
建設業界は、少子高齢化や人口減少、インフラの老朽化など、多くの課題に直面しています。しかし、同時に、DX(デジタルトランスフォーメーション)や脱炭素化、i-Constructionなど、新たな技術やサービスの導入が進んでおり、業界の変革が期待されています。
- DX: ICT技術を活用することで、工事の効率化や品質向上、安全性の向上が期待されています。BIM/CIM(Building/Civil Information Modeling)やドローン、3Dプリンターなどの導入が進んでいます。
- 脱炭素化: 地球温暖化対策として、建設業界でも脱炭素化の取り組みが求められています。ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)やZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の普及、再生可能エネルギーの活用などが進んでいます。
- i-Construction: 国土交通省が推進するi-Constructionは、ICT技術を活用した建設生産システムです。施工の効率化や品質向上、働き方改革などを目的としています。
これらの技術革新は、建設業界の生産性向上や魅力向上に貢献すると期待されています。
6. 建設会社が生き残るための戦略
建設業界で生き残っていくためには、以下の戦略を検討する必要があります。
- コスト競争力の強化: コスト削減を徹底し、価格競争力を高める。
- 技術力の向上: 新技術を積極的に導入し、生産性や品質を向上させる。
- 差別化戦略: 特定の分野に特化したり、新たなサービスを開発したりすることで、競合との差別化を図る。
- 人材育成: 若年層の育成や、既存社員のスキルアップに力を入れる。
- 事業の多角化: 建設業以外の分野に進出することで、リスクを分散させる。
まとめ
物価高騰は、建設業界にとって大きな課題です。しかし、適切な対策を講じることで、倒産リスクを回避し、持続的な成長を遂げることが可能です。
本記事で紹介した内容を参考に、自社の経営状況に合わせて具体的な行動を起こしましょう。
- コスト削減のためのチェックリストを活用し、無駄なコストを削減しましょう。
- 価格交渉の際には、根拠となるデータをしっかりと準備し、発注者に理解を求めましょう。
- 契約書の内容を sorgfältig に確認し、リスクを最小限に抑えましょう。
- 補助金や融資制度などの活用も検討しましょう。
- DXや脱炭素化など、今後の業界トレンドに対応できるよう、積極的に投資を行いましょう。
建設業界の未来は、私たち一人ひとりの行動にかかっています。困難な状況ではありますが、力を合わせてこの難局を乗り越えましょう。
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